moon's refuge

槻*の織り成す言葉や世界観で詩や日記をメインに綴っていきたいです!w((*´∀`))

真夏の天の川

 

はいっ!どうも、こんばんは!

昨日、日記を書いている最中に何度も親に呼ばれたりして

書き綴っている作業を遮られいたにも関わらず

思った以上に気持ちも感情も自分が抱いていた思想もうまくまとめられた気がして 

ちょっと嬉しくなって久しぶりに書くといいもんだなあと実感していた槻*cho仔Φです!

 

 

明日から3日間、好きなひとのところへ出かけて距離的に日帰りでは無理なので

軽く旅行のような気分でわくわくしながら靴とか準備しつつ、洗濯物を畳んで

部屋を整理してってしていたんですが、そのときに昨日、日記で書いたからなのか

卒業式のときに貰った、色紙とメッセージ付の写真アルバムが目についてしばらく見ていました。

 

 頂いたときにも書いたかと思うんですけど、本当に懐かしくて自分のこれまでの大学生活を

すべて物語っているような写真や言葉で埋め尽くされていて

自分がガリガリだった頃の写真やソフテニのユニフォームを着ている写真、飲み会、合宿などなど

ほっこりしたような気持ちになって温かく満たされた感じで嬉しくて

色紙も卒業式のときに色紙をもらうなんて大学生のときが初めてで今までもらったことなかったけど

普段、あまり接点がなかった人でもこんな風に思ってくれていたのか…!って思うと

さらに微笑ましくなったり…w建前や嘘だっていいのです。単純だから

書いてもらえるだけで嬉しくなれるから、それだけで満足というか

受け取るのは書き手ではなく、読み手なので喜ばせるつもりで書いていなくとも

僕はすっごく嬉しかったです、ありがとうございました。

 

 

それらをいつもの本棚に戻して作業を再開するときに卒アルに目を向けたんですが

そういえば、大学生時代の卒業アルバムはまだ持っていなくて7月、8月?どちらかに

届くようになっていた気がして、それ故に今は手元にないんですが…

大学のこれまでのアルバムとかを見たときに、本当にシンプルな必要なページのみを載せた

薄いアルバムって感じで少し切ない気もしたけど、歩んできた日々が詰まってるから

 それはそれで意味があるんだろうなって思ったりして、高校のときのアルバムが大きすぎて

重すぎて何ページあるんだよ、くらいの重さで軽く辞書並の分厚さだから軽く物足りないって

感じてしまうのかなあ…と笑ってしまった。そんなこれまでの道のりを経て今の自分がいて

 

 そんな僕の未来に向けての大きな一歩でもあり、小さく明日に続く前進

ついに明日になれば既に出発していて、いまの時間なら一緒にいて過ごしていると思うけど

未だ実感がわかなくて信じられない気持ちが輪廻していて、これは夢じゃないだろうか

 なんて立ち止まって改めて考えたりすると、そう思ってしまうこともあるけど

夢を夢で終わらせておく程、愚かではなく自分の手で掴みたいと思えたからこそ

こうやって計画を練ったりして逢いに行こうとしているのだけれど…矛盾してしまうような

自分でも自信に満ちたり、迷ってしまったり、喜怒哀楽にはっきりと差が出ようとしてしまうくらい

 僕にとって失いたくない感覚がそこにはあって、僕の幸せはその人にしかないから。

僕にとってもその人にとっても大きな意味にある3日間にしたくて自分らしく尽くしたい。

 

 

アイデンティティだとか自己性、個性とかってすっごい大事だと思う…!

あらゆる歌手とか心理学でも用語として度々使われるアイデンティティ、自我同一性なんだけど

自分らしさや自分自身って、やっぱり失っちゃいけないものだと思うんです。

歌詞や詩、絵、歌、表現などなど似ているものなどある場合があるけどその人は真似できないし

自分はどんなになっても自分しかありえないわけで存在しないので

 へこんだときも嬉しいときも自分らしく真似されないように全力で表現してる。

自分だったらこうするだろうな、言うだろうなって。どういう風に表現すれば伝わるだろうかではなくて

 自分という軸は絶対なわけで、そこからズレてしまったりすると逆に伝わらない気がするから

より自分に近く、自分自身よりも密接になって答えたり行動したりしている。そういう風に

振る舞えたり表現出来たら自分にして自分を負かしたような感覚になって

個人的にだけどすごく納得ができるというか、少しは自信を持って誇れると思うから

そういう気持ちを抱くことは大きかれ小さかれ必要だと自分の経験を経て痛感しました

 

 

その僕の愛すべき人とも自分の書いた「詩」がきっかけで繋がることが出来たから

自分が好きだと信じて挫折してでも諦めないで続けてやってきたことは

 いかなる形であれ報われる瞬間があって自分が好きでやってきたことだから

努力や精進なんてこととは少し違うかもしれないけど人の胸に残るような

 こどもから大人まで読めて少しでも気持ちをほっこりさせられたら、読む前と比べて

温かい気持ちになって笑顔にすることができるなら…こんなやりがいのある作詩はなくて

自分はそのことを目標に自分の言葉と世界観で高校2年の17歳のときから現在まで

携帯、スマホ、パソコン、ノート、メモ帳などなど用途や場所は変えてもずっとやってこられて

泣いたときもあったし、ブランクになったり、もうこれ以上書けないかもしれないなんて悩んだ時も

いっぱいあったけど…いろんな人と出逢えて繋がれて自分の詩が少しずつ

たくさんの人に読んでもらえるようになって以前は自己満足でしか書いていなかった詩が

友達の間や読んで下さった方に認められ始めて自信になっていって本当に書いてきて

続けてきて良かったって思えて… 

 

 

こんなことを言うと変なやつだと思われるかもしれないですけど…

自分の作り上げた物や言葉は生きていると思ってます。なので最初、詩を書き始めた頃は

暗い詩が多くて自分の愚痴を誰かに吐き出せるわけでもなく、代わりに詩に出てくる

人や動物に自分に成り代わって吐き出してもらっていました。申し訳ないと思いつつも…。

だけど最近は明るい詩や温かい詩が書けるようになってからは詩の最後を温かく終われたり

 幸福な感じで完成させることが出来るようになってからは自分の詩が笑顔になった気がして

 自分の仕上げた詩自体が喜んでくれている感覚になって詩にも支えられてきたから

諦めずに続けてこれたのかなって…

 

 

だから25歳を迎える目前になって25歳ってキリがいいから

詩から恩返しの如く素敵な人と巡り合わせてもらえたのかなって

 ポジティブすぎるかもしれないですけど、そういう不思議な出来事、引き起こすことも

少なからずあって、僕はそうなんだろうなって信じてます…!

僕の詩の言葉たちは呼吸していて生きていて自分のまっすぐ抱く信念とかを引き継いで

読み手に訴えかけたり伝えたり表現してくれるから、より一層想いが強くなります。

 

 

自作の詩に運命の日を導いてもらえたってなったら…魅力的で神秘的ですごいですよね。

 自分の詩とその人に感謝しなくっちゃ…!本当に出逢ってくれてありがとう。

僕がこれからの生涯、愛した人があなただけで終わりますように、ずっと想ってます。